(憩いま専科) 青春サラリーマン日記

 これは、ある熱血サラリーマンの物語である。

 ってことになるんでしょうが、常連のお客様で、ご自分の若かりし日々の思い出を語ってくださる方がいらっしゃいます。

 

 カウンターにお座りになって、あんなこともあった、こんなこともあったなんて。

 しかも、同年代の別のお客様までいっしょに盛り上がってしまうこともあるんです。

 古き良き時代のお話を、私が勝手にまとめてみました。

 

                暑 い 男

第1話 高校生

 1970年代前半。

 中原平吉、都立若葉高校3年、サッカー部補欠。

 成績はクラスの縁の下の力持ち的存在。

 

  しかし夢だけは大きかった。

 社会に出ればこっちのものだと、何の根拠もなく信じていた。

 なのに、目の前には具体的なことは何一つなかった。

 

 情熱だけが先走り、誰に何を相談していいのかも分からなかった。

 友達とはよく笑って過ごした。親とはよく言い争いをした。

 楽しくて、どこかイライラしていた頃だった。

 

 だけどある日、父に言われた「うちには、おまえを大学に行かせてやれる金はない」と。

 あー、やっぱりそうか。きっとそうだろうなぁ、とは思っていたけど。ちくしょう、どうしよう。

 

 青春もののドラマのように、夕陽に向かって走った。どうする。どうする。さぁ、平吉。これから、どうする。

 

第2話 大学生になりたい

 どうしよう。あーどうしよう。来る日も来る日も、寝てもさめても、どうしよう。

 

 彼にはささやかな夢があった。いや、夢というより憧れか。大学に通いたい。それもそこそこ名の知れた大学に。

 彼は常に形から入るタイプなので、大事なのは中身より外見だった。学生服に身を包み、有名校の襟章を付け、数冊の本を小脇に抱えて颯爽と学生街を歩いていく。

 

 すでに学生服は影が薄い時代になっていたが、どこか懐古趣味的なところも彼は持ち合わせていた。

 現に、彼の通っている高校は制服が自由だったにもかかわらず、学生服で通した。一つには、その方が金がかからないという家庭の事情もあったことはあったが。

 

 それならそれで一所懸命勉強すればよさそうなものだが、補欠なのに部活も止めず、下手なギターをかき鳴らしてバンドも組んだ。青春って、単純なようでややこしい。

 

 就職しか道はないのか。大学は無理か。

 いや、待てよ。両方なんとかならないか。

 要するに、大学に行くには金が要る。しかし我が家にはその金がない。

 ならば、その金をどこからか工面すればいいわけだ。そうか、わかったぞ。自分で稼げばいいのか。

 

 あとから思えばあまりにも簡単なことなのに、そのときにはどうにもこうにも思いつかないことが人生には多すぎる。

 

 思いつくと彼の行動は早かった。  

 

第3話  気がつけば寝ていた。

 書店で、受験本だけでなく大学の費用面の本にも目を通した。すると、当たり前のことだが、大学によって、学部によってかかる費用がまちまちであることがわかった。入学金の額も支払い方法もいろいろ。

 

 彼が子供なのか。高校生の世の中に関する知識なんてこの程度なのか。まったくなにも知らないことだらけ。

 しかも結局は親のすねをかじって生きてきただけだから、金の稼ぎ方もわからない。

 もちろんアルバイトの経験ならあるけれど、それで生活をして大学へ通うことは可能なのだろうか。

 

 もっと悪いことは、気がついてみれば漠然とあこがれていただけで、どの大学のどの学部に行きたいのかも決まっていなければ、その先にある社会人としてどんな職業につきたいかなど、なにもなし。

 

 放課後の書店通いでは、さらにアルバイト誌や就職誌にも目を通すことになって、それだけで頭の中がゴチャゴチャになっていった。

 

 夕方は寄り道をして、川原の土手でかばんを枕に寝転んだ。

 だんだん陽が傾いて西の空が色づいていく、鳥もねぐらに帰るのか、二羽、三羽と飛んで行く。

 

 なんかいい方法はないものか。彼なりに真剣に考えた。

 まだ秋になって間もない頃だから風が心地よく、気がつくといつも寝ていた。

 

 もちろん結論など出るはずもなく。

 

第4話  話はとんとん拍子

 いくら考えてもいいアイデアは浮かばない。

 

 大学受験は年明けだが、就職試験はいつなんだ。

 一応、都立若葉高校は進学校だから、クラスでは誰も就職の話などしない。

 こうなりゃ先生に聞くしかないか。平吉はある日思い切って担任に聞いてみた。

 

 以前、自衛隊に軽い気持ちで問い合わせをしてしまい、彼の留守中に、自衛隊からわざわざ人が訪ねてきたことがあった。

 親にも話していなかったので、あわてた母親が学校に相談してしまい、彼は担任に呼ばれて

 

 「おまえ、もし戦争が始まったら行くのか」。

 「・・・・・・・」。

 そう言われてみると、その覚悟があったわけではなく。ただ、大型免許が取れるとか、パイロットになれるかも、といった軽い気持ちだった。

 

 今回はそのままずばり就職の相談なので、担任も「そうか。それじゃ、就職担当の○○先生のところへ行こう」ということになり、「なんだよ。就職担当なんていたのかよ」と、平吉は思ったが、顔には出さず、話はとんとん拍子に・・・。 

 

第5話  平吉、どこへ行く

 平吉にはいまだに就きたい職業がない。決まっていない。

 

 彼は就職担当の○○先生がすすめるまま、新宿にある大手百貨店の入社試験を受けることになった。秋だった。

 入社試験は意外と簡単だった。合格した。

 これで、大学の学費は自分で稼げる。こんなことならアレコレ悩まずにさっさと先生のところへ行けばよかった。

 

 あとは大学受験だが、一つ決まってみるとなんだか気が抜けた。彼の悪い癖だ。学力レベルがひじょうにまずい状態のままなのに。

 「なにも苦労して大学へ行くこともないか。そんなに勉強が好きなわけじゃないし、このまま気楽にサラリーマンになってもいいんだよなぁ」と。放課後の校庭でボールを蹴りながら思った。

 

 平吉が小学校4年生のときだったか。

 駅前の映画館に怪獣映画「宇宙大戦争」を観に行くと、2本立てで、同時上映は「海の若大将」だった。

 実は、彼の学生服好きはこのときに始まった。彼はまず外見から入るタイプ。

 

 思い出すんだ、平吉。

 そもそもおまえは、大学の学費を稼ぐ手段として就職という道を選んだわけで、大学が目の前にある道のはずじゃなかったのか。

 いったいどこへ行こうとしているんだ。

 

第6話  よく受かったなぁ

 平吉という男は、外見が大事だった。

 大学もそういう観点から選んだ。誰もがよく知っている大学がよかった。

 そして、就職が決まっているので夜学があって、勤務地から通いやすく、学費がそこそこで、なにより合格できるところ。

 

 受験費用は友達から借りた。友達とはほんとにありがたい。

 願書は3通出したが、一番行きたかったM大学の受験が一番早く、結局ほかの2校は受けずに済んでしまった。

 

 当時、M大学は学生運動が激しくて有名だった。案の定、担任が心配をして「H大学もいいぞ。なんだってそんな物騒なところへ行くんだ」と。心配してくれるのはありがたかったけど、今回は押し通した。

 

 だいたい気力が持続しなかった。次は合格しないだろう。

 M大学の受験の日、受験会場の机に座って参考書をぺらぺらと見返した。時間が来て、机の上にペーパーが配られた。平吉は目をつぶって深呼吸をした。「神様、この大学に入れてください」。問題を見ると、ついさっき参考書で見たところだった。

 

 発表の日。

 テレビでよく見るようなざわざわしたところではなく、応援団の学生が隅でビシッと立っている静かな一角だった。

 校舎の壁際に作られた臨時の掲示板に、合格番号がずらーっと書かれた紙が貼られている。

 平吉は端から目で追った。あった。思わず、持っていたスポーツバッグを落としてしまい、静かな一角に「ドサッ」という音が響いた。

 

 平吉は「よく受かったなぁ」としみじみ思った。

 

第7話  卒 業 式

 都立若葉高校の卒業式。

 

 都立若葉高校はもとは女子高で、なかなか歴史ある高校だった。縁とは不思議なもので、平吉の親戚筋でこの高校を卒業したおばが二人もいる。

 この近辺に一族がすっと定住していたのならともかく、それぞれの事情でばらばらに散らばって生きてきたのに、珍しい話だ。

 

 歴史があるだけあって校舎は古く、体育館は狭く、いかにも学校のにおいがして味はあったが、卒業式はりっぱな公会堂を借りて行われた。

 通いなれた町で行われなかったのがちょっとさびしかった。

 

 実は、平吉には付き合っていた娘がいた。

 高校2年生のときのことだ。楽しかったが、その娘は事情があって3年生になるときに遠い町に引っ越してしまった。

 クラスメイトだったのでクラス中が知っていた。

 手紙を書いた。電話もかけた。毎日のように。でも、無理だった。遠距離恋愛のできる年齢ではなかった。

 

 黙っていたので、クラスのみんなは知らないはずだった。

 卒業式が始まった。りっぱな公会堂のせいもあって厳粛な気分だった。

 前の方の席から何かをまわしている。こんなときに何をやっているのだろう。これじゃ、いつもの授業風景と変わらない。

 

 平吉のところへ回ってきたのは一枚の写真だった。

 あの娘の写真。

 みんな知っていたらしい。とっくの昔にふられてしまっていたことを・・・。それなのに何食わぬ顔をして過ごしていた平吉を、クラスメイトたちは心配してくれていたらしい。


 余計なことを・・・と思いつつ、平吉は写真を学生服の内ポケットへしまった。


第8話  百貨店入社

 百貨店にめでたく入社。


 とりあえず平吉は、親に社会人の服装一式を揃えてもらった。

 しかし着の身着のままなので最初の給料日までは苦労した。またあの年は春が遅かったのか、春夏物のスーツとスプリングコートで過ごす4月はけっこう寒かった。


 仮配属は婦人服売り場だった。

 初日の朝一番に、売り場の係長から「君はなぜ流通業を選んだのか?」と質問された。

 その係長はめがねのよく似合うインテリ風の感じの人で、理屈っぽくもあり、平吉の苦手なタイプ。スタートから平吉はかなり面食らった。


 ご存知のとおり、彼の入社の動機はかなりいい加減。

 あのときもしも、就職担当の先生が「製造業のいい会社があるぞ」と言っていたら、きっと今頃は制服を着てどこぞの工場にいたんだろうなぁ。などと・・・。


 そんなことが頭をよぎって、いったい何をインテリ風係長に答えたんだか。

 係長は平吉の答えを聞いてフフンっていう感じだった。もっとも、その後何年たってもその係長はいつもフフンっていう感じだった。


 仮配属はたしか2週間だっただろうか。


 近くの売り場に、同じ新入社員の学卒のきれいなお姉さんが仮配属になっていた。

 お姉さんはきれいだったけど、平吉の顔を見るたび「ボクちゃん元気?」と、ちょっと色っぽい目つきで、人目もはばからずに声をかけてきた。

 ほんとにきれいな人だったけど、平吉はちょっと閉口した。


 後日のことだが、正式に配属になり何ヶ月が過ぎたある日。

 社員食堂できれいなお姉さんとすれ違った。「ボクちゃん元気?」と声をかけてきたお姉さんは、お腹が大きくて、マタニティーの制服を着ていた。

 「もう・・・かよ」と、平吉はやはり閉口した。


第9話  本配属は大食堂

 本配属に向けて、人事部の面接があった。

 「希望の部署はありますか?」という質問に、「特にありません」と元気よく答えた。あとで思ったが、なんか言えばよかったのかもしれない。

 どうも希薄である。

 

 仮配属の2週間はあっという間に過ぎた。

 辞令交付。本配属は食堂部門だった。

 

 平吉はこの百貨店の食堂に強烈な思い出がある。

 百貨店の食堂といえば大食堂。子どもの頃によく来たのだ。もちろん「お子様ランチ」。ケチャップライスに立てられていた旗は必ず持ち帰ったはずだが、その後あの旗はどうなったのだろう。

 

 少年になると「三色重」が好きだった。鶏そぼろと炒り卵とおぼろでんぶ。その後は、「うな重」のとりこになる。お吸い物に入っている、あのにがい肝が好きだった。やはりどこか変な少年だったかもしれない。

 

 とにかく運命の巡り会わせなのか。平吉の職場は、その思い出深い大食堂に決まった。

 

 直属の上司の川田係長は高卒だったが、この春、同期でトップで昇進したピカピカの係長だった。

 男性は私のほかに3人。大卒の小森さんと、高卒の近藤と高山。女性は20人以上いただろうか。とにかく大勢いた。

 

 世の中は高度経済成長。

 8人がけのテーブルが40以上あって、土日祝日は終日、平日でもお昼時は戦場のような状況になるこの職場に、平吉は6年間もいることになるのであった。

 しかしこの時点の本人は、「わぁー、女の子がいっぱいいるんだぁ」。

つづく

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